ASIAN SCRUM PROJECTの設立趣旨と具体策の概要

日本ラグビー協会は新たな戦略計画のビジョンとして、「ラグビーファミリーを国内外に増大させ、日本ラグビーの国際力を高める」 ことを宣言した。具体的には2019年ワールドカップ日本大会を成功させ、世界8強入りすること、2016年のオリンピックでメダルを獲得すること、また日本の国際力向上やアジア全体へのラグビーの普及・強化に貢献することを謳っている。ここで確認したいのは、日本協会に課された使命は2019年や2016年といった時点で完成を見るということではなく、イベントやそれに付随する各種活動を通じて、上記ビジョンを未来永劫追求し続けるということを宣言しているのだということである。そして、日本におけるラグビー活動の営みが、アジア近隣諸国から地球規模の全人的な社会活動に影響を与えつつ、発展していくことを希求しているものと考えている。

それにしても、日本ラグビーの国際力を高めるとはいったいどういうことなのだろうか?日本代表を強化し、ワールドカップやオリンピックで好成績を残すことが国際力を高めるということなのだろうか?世界で勝つこと=国際力の向上という図式なら大変シンプルでいいが、国際力を向上させることとアジアの国々への貢献を同時に行っていくとなると、単純に強いチームを作ることがそのまま国際力を高めることにはならないだろう。

ここで一つのエピソードを披露したい。

昨年11月のラオスで開催されたアジア理事会での席上である。アジアラグビー協会への新加盟に関する審議が行われた。その加盟国とは、アフガニスタンである。この理事会へ出席する直前、アフガニスタンからのアメリカ軍撤退のニュースが流れ、テロの散発する首都カブールの様子が映し出されていた。その記憶が新しかったために、カブールからここまでやってきたというアフガンの青年たちの存在感に圧倒された。プロジェクターに投影された彼らのプレゼンテーションは、まるで最後の一葉であるかのような紙に古びたタイプライターで几帳面に印字した簡素なものであったが、英語表記された内容は極めて理路整然としていて、アフガンの窮状を訴え、ラグビー協会の果たすべき役割や価値、その必要性を説明するに充分であった。彼らは独力で、ラグビーというスポーツを発展させ、協会を設立するまでの活動をしてきたのかといえばそうではない。アフガニスタンの青年たちにラグビーを教え、普及活動をし、協会の設立に力添えをしてきたのはまさにマザーカントリーの英国人たちであった。彼らがアフガニスタン在留の英国軍の兵士であったのか、軍の戦略的な計画であったかは知る由もないが、彼らの言説から得た情報によると、英国人たちの援助を受けてアフガニスタンラグビー協会が設立され、アジア協会に申請してきた事実に間違いはなかった。

私がここで強調したいのは、アフガニスタンの青年たちの熱意や情熱、勇気やそれに感動したこと、あるいは英国人たちの決死の支援活動を賞揚することではない。また日本人が日本の力が及ばない国々に出て行って、ラグビーの普及活動を推進しようと呼びかけるものでもない。問題はこれまでわれわれ日本ラグビーはアジアの盟主として自らを位置づけ、冒頭に記されたアジア貢献についても明文化しているにもかかわらず、実態はというと、アジア諸国のラグビー事情がどうあって、どのような活動をしているのかという知識さえ、われわれがほとんど持っていないということである。むしろ、無関心に近い状態であるということである。日本ラグビーはこれまで、あまりにも内向きであったように思える。国内での内向きの強化策に躍起になり、兵を鍛えることにのみ腐心し、対外試合をすればその都度、選手の国際経験の不足を言い訳にしてきたように思える。国際経験とは、欧州や南半球での活動ばかりを指し示すものではないはずである。

現に選手にしろ、指導者にしろ、世界のラグビーシーンで活躍する日本のラガーマンはほぼ皆無である。一部のレフリーが活躍する場を与えられているが、世界最高峰の国々で活躍できるものはいない。現実的に、世界の最高峰のリーグで日本の指導者やレフリー、ひいては選手が活躍できるステージを期待しても用意されていない。このような状況において、より高い水準での活躍を標榜することが、特に若い選手たちには積極的に求められるだろう。しかし、指導者やレフリーに関して言うと、まずはアジアに拠点を求めて活動する手段も一考してはどうだろうか?国際力の涵養のためには、欧州であれ、南半球であれ、アジアであれ、とにかく人的な交流を始めるところからである。先にも述べたように、アジア諸国を回ってみると、ラグビーシーンで活躍する欧州や南半球からのラグビー関係者が多いことに気付く。日本人が自国開催のワールドカップのためだけの内向きな強化ばかりに躍起になっていると、ワールドカップが明けたあと、アジアラグビーの旗振り役はやはり英国人の手にしっかり握られていることになるであろう。日本がアジアラグビーの牽引車を自負するのであれば、新ビジョンに掲げられてある通り、その任務をと責任を果たす必要がある。それはテクニカルな表面的なものであってはならない。腰を据えた使命(Mission)に基づいたものであることが大切である。

今回われわれは日本協会のビジョンを実現するために、まさにアジアで活躍できる場を創造することを考えた。アジアラグビーを知り、アジアラグビーと積極的にかかわるプロジェクト、つまりアジアとの共生するためのプロジェクトを立ち上げることにした。ASIAN SCRUM PROJECTの設立である。このプロジェクトの原点となったのは2006年8 月IRBが主催した指導者養成講習会に合わせて流通経済大学で開催されたAIR(Asian Institute of Rugby)の Conference on the Game in ASIAである。6年間の地道な活動を結実させ、今回のPROJECT設立の運びとなった。この間、日本のラグビー指導者・レフリーはIRBと強固な連携を保ち、すべてのトップの指導者やレフリーがIRB資格を有するに至った。並行して、専門的な分野ではルール問題、情報・分析、安全対策、メディカル、ドーピング問題などの各種医科学的見地に立った情報交換や指導者/研究者の交流を推進してきた。今後はこういった地道な活動をさらに発展させ、一大事業として展開していきたいと考えている。

アジアラグビー協会理事

普及・競技力向上委員長

上野 裕一